- ● 劇 団 ギ ル ド と は ●
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劇団Guildは20世紀も押し詰まった1999年4月1日に、嘘のように誕生した劇団です。
椛セ陽プロモーション付属養成所の卒業生と、そこで講師であった現在の座長高谷信之とで結成されました。
還暦をとっくに超えた芝居馬鹿と、夢も希望も胸一杯に抱え込んだ若者とのコラボレーションによる劇団。
これは日本でも珍しい劇団であります。
そして劇団ギルドはお陰様で、2009年4月で10周年を迎える事が出来ました。
この間、22回の定期公演とG.C還暦イベント、劇団員自主公演を合わせて24回の公演を打つことが出来ました。
各界様々な方々の注目を浴び、25回目の公演に向けて準備を開始しております。
そして、劇団員俳優の平均年齢は30歳と大人の劇団へ変貌しつつあります。
30名程いた劇団員も10名程度となり、ややあせりながらも、座長のG.C(高谷=高貴な谷=グランドキャニオンと自称の模様)は
「ほら、最初に言ったろう?3分の1ぐらいギルド3分の1がちょうどいい人数だって」等とほざいております。
どうぞこんな劇団「ギルド」応援よろしくお願いいたします。
- ●座長G.C グランドキャニオンこと高谷信之の素顔●
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G・Cこと高谷信之は、早稲田大学第二文学部演劇科を二度にわたり籍を置き、五年目にして中退した。
7年に渡る消息不明。放浪の果て(この人の23から29歳の間は最悪だつたらしい)
1973年4月に五月舎俳優養成所の一期生8人と演劇集団八騎人(ハッキジン) を結成した。
八騎人では1983年3月まで、作・演出14本を手掛ける。雑誌「テアトロ」 「新劇」誌上にその批評が次々載り、いずれも絶賛に近かった。
ただし八騎人はその名の通り、騎馬民族のように10年を駆け抜け、誰もその公演をしっかりと観た者はいない。 よって、八騎人は演劇史の中に忽然と姿を消した幻の集団となった。
黒テント佐藤 信談
佐藤「八騎人? ああ、あれは名門の劇団だよ」
Q「御覧になったことありますか」
佐藤「えっないよ」
さて、G・Cこと高谷信之は1975年NHKラジオドラマ、「風に舞う木の葉のように」の脚本を書きマスコミデビューを飾った。以後脚色を含めて70本以上のラジオドラマを手掛ける。 この本数は1970年代以降ラジオドラマにおいて2001年まで、最多脚本数に迫る。
舞台の作・演出は演劇集団「円」において「セピア色した雨祭り」仲谷昇さん主演で上演し、故芥川 比呂志さんに絶賛された。 やがて、NHKTV「中学生日記」等の脚本、橋浦方人監督作品、映画「追憶」のシナリオも手掛け、1994年ラジオドラマ「天主堂」で、第32回ギャラクシー賞の奨励賞を受賞。 だが、おしくも同年後期放送の三谷幸喜の「笑いの大学」に優秀賞をさらわれ 時代が喜劇に流され行く、風潮に落胆した。
1996年度文化庁主催の芸術祭に於いてラジオドラマ「枝の上の白色レグホン」でグランプリを受賞。
この時以来、彼は若者との協力による劇団造りを目指し、様々な準備の末、1999年4月俳優養成所卒業の若手と、劇団ギルドを結成し、短期間に次々公演を行い、2007年12月で、なんと22回というハイペースである。
現在、放送作家協会では、4期にわたり、理事の任にたずさわり、日本脚本アーカィブズ等のボランティアに超多忙の日々を送っている。
余談
なんでも、早稲田の劇団「こだま」時代には村野 武範を泣かせ、久米宏に女を取られ、長塚京三を舞台監督の助手にして、あの田中真紀子の初舞台も演出したとの噂
……本人曰く「やっぱ役者がええわ、それともインチキキャスター?あいつらなにしろ金稼ぐわ」だって
- ●新人募集●
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劇団ギルドでは、新人のスタッフキャストを若干名募集しております。
応募資格、年齢30歳まで。演劇養成所卒業及びそれに準ずる経験者。
応募希望者は劇団ギルドまで自筆履歴書を送付して下さい。
面接及びオーディションは追って連絡します。
○劇団ギルド事務局○
〒177-0044 練馬区上石神井4-2-5-507
TEL&FAX 03-3594-3406
メールでのお問合せ n-takaya@hop.ocn.ne.jp
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