G・Cこと高谷信之は、早稲田大学第二文学部演劇科を二度にわたり籍を置き、五年目にして中退した。
7年に渡る消息不明。放浪の果て(この人の23から29歳の間は最悪だつたらしい)
1973年4月に五月舎俳優養成所の一期生8人と演劇集団八騎人(ハッキジン) を結成した。
八騎人では1983年3月まで、作・演出14本を手掛ける。雑誌「テアトロ」 「新劇」誌上にその批評が次々載り、いずれも絶賛に近かった。
ただし八騎人はその名の通り、騎馬民族のように10年を駆け抜け、誰もその公演をしっかりと観た者はいない。 よって、八騎人は演劇史の中に忽然と姿を消した幻の集団となった。
黒テント佐藤 信談
佐藤「八騎人? ああ、あれは名門の劇団だよ」
Q「御覧になったことありますか」
佐藤「えっないよ」
さて、G・Cこと高谷信之は1975年NHKラジオドラマ、「風に舞う木の葉のように」の脚本を書きマスコミデビューを飾った。以後脚色を含めて70数本のラジオドラマを手掛ける。
この本数は1970年代以降ラジオドラマにおいて2001年まで、最多脚本数に迫る。
舞台の作・演出は演劇集団「円」において「セピア色した雨祭り」仲谷昇さん主演で上演し、故芥川 比呂志さんに絶賛された。 やがて、NHKTV「中学生日記」等の脚本、橋浦方人監督作品、映画「追憶」のシナリオも手掛け、1994年ラジオドラマ「天主堂」で、第32回ギャラクシー賞の奨励賞を受賞。 だが、おしくも同年後期放送の三谷幸喜の「笑いの大学」に優秀賞をさらわれ 時代が喜劇に流され行く、風潮に落胆した。
1996年度文化庁主催の芸術祭に於いてラジオドラマ「枝の上の白色レグホン」でグランプリを受賞。
この時以来、彼は若者との協力による劇団造りを目指し、様々な準備の末、1999年4月俳優養成所卒業の若手と、劇団ギルドを結成し、短期間に次々公演を行い、2010年11月で、なんと26回というハイペースである。
その他外部演出では市川森一さん作の「蝶々さん」の朗読劇をあの栗原小巻さん主演で公演。またブライダルデザイナー桂 由美さんをモデルにしたミュージカル「黄金の鋲」の作・演出も手がけた。 |